波と生きる、育てる人。プロボディボーダー相田桃 × Ocean Bottle

波と生きる、育てる人。プロボディボーダー相田桃 × Ocean Bottle

Ocean Bottle x Momo Aida波と生きる、育てる人。

「1回優勝した瞬間はもちろん嬉しい。でも今は、自分が滑ることよりも、下の子たちを育てられる自分でいたい。」

千葉の海を拠点に活動するプロボディボーダー・相田桃。
日本チャンピオン4度。プロ10年目を迎えた今も第一線で波と向き合いながら、その視線は少しずつ、次の世代へと移りつつある。



今回、海洋プラスチック問題の解決に取り組むロンドン発のウォーターボトルブランド「Ocean Bottle」の日本展開にあたり、相田さんとのプロモーション映像を制作した。
撮影後、あらためてじっくりと話を聞いた。

ボディボードとの出会い、あえて回り道を選んだプロへの道のり、海のそばで育まれた環境、そしてバリの海で目にした現実。なぜ彼女はOcean Bottleに共感したのか。

競技者として積み重ねてきた経験と、次の世代へ海をつないでいこうとする静かな覚悟。
その言葉を追った。



Chapter 01ボディボードを始めたのは小学6年生。

相田さんがボディボードを始めたのは小学6年生。当時としては決して珍しくなかったが、早期育成が当たり前になった今の競技基準からすると、そのスタートは決して早いとはいえない。

Q. 小学6年生から始めるというのは、平均的に見て早い方ですか、遅い方ですか?

「今の業界で言ったら、すごく遅いです。今はどのスポーツでも子どもの頃から競技として育成していくじゃないですか。でも私たちの頃は、そこまで競技一本という感じではなくて、もっと遊びの延長だったんです」

そう振り返る相田さん。波に乗ること自体は、実はとても身近な遊びだ。海の家で借りられるビート板も、ボディボードの原型といえる。サーフィンのように立ち上がる必要がないため、初めてでも波に乗る感覚を味わいやすい。その一方で、競技としての世界は驚くほど奥深い。

ボードに寝そべり、波と一体となって滑るボディボードは、水面との距離が近く、波の力やうねりを全身で感じられるスポーツだ。水平回転の「スピン」、縦回転の「エルロロ」、波から飛び出す「エアリアル」など、高度なテクニックを極めていく世界が広がっている。

誰でも始めやすい入口がありながら、世界を目指せるほどの奥深さがある。それがボディボードという競技の魅力だ。

そして、その世界で日本一にまで上り詰めた相田さんは、決して早く始めた選手ではなかった。だからこそ、「遅かった」という事実は、ハンディキャップではなく、自分のペースで競技と向き合い続けた強さの証でもある。



日本の女子は、世界の頂点にいる。

そしてもうひとつ、日本のボディボードには世界に誇れる事実がある。
女子のレベルが、世界的に見ても際立って高いのだ。

2018年には鈴木彩加が日本人として初めて女子の世界チャンピオンに輝き、翌2019年には千葉・一宮を拠点とする大原沙莉が続いて世界の頂点に立った。日本人が2年連続で世界女王となったこの快挙は、日本の女子ボディボードのレベルの高さを世界に強く印象づけた。

オリンピックの正式種目に選ばれれば確実にメダルを狙える——そう評されるほどの実力層が、この国の女子には育っている。

相田ももは、その日本トップ選手の系譜に確かに名を連ねる一人だ。
2020年には、日本を代表するプロとしてスポーツ庁を表敬訪問し、世界での活躍を報告するメンバーにも選ばれている。世界と互角に戦う実力と、次の世代へ手渡す視線。その両方を併せ持つ選手だからこそ、彼女の言葉には重みがある。


Chapter 02プロ資格を、あえて使わなかった。

納得のいくまで。
回り道の先にあった、地元での優勝。

相田さんのキャリアには、ひとつ大きな選択がある。16歳ですでにプロになる資格を得ていながら、実際にプロ転向を宣言したのは23歳。約7年間、あえてアマチュアであり続けたのだ。

Q. プロ資格を持っていながら、あえてアマチュアを続けた理由があったんですか?

プロの試合よりもアマチュアの試合のほうが数が多く、経験を積める。それに、アマチュアであればサーフィンの全種目の選手と同じ舞台で戦うことができる。「自分をアピールする時間をしっかりつくりたかった」と相田さんは振り返る。

16歳でプロ資格を取得していたからこそ、プロになるタイミングはいつでも選べた。だからこそ、自分が納得できるまで経験を積み、その先にプロ転向という道を選びたかった。

その決断の後押しとなったのが、アマチュア団体の50周年記念大会だった。
しかも開催地は、相田さんの地元・千葉。「ここで優勝してプロになる」と決意して臨んだ大会で、見事優勝。そのままプロへと転向を果たした。全日本チャンピオンにも複数回輝いたアマチュア時代を締めくくる、まさに集大成となる大会だった。

「いいところだけを切り取ると、すごくいいストーリーに聞こえますよね」
そう笑う相田さんだが、その道のりは決して順風満帆ではなかった。思うように勝てない時期もあり、長く競技を続けてきたからこそ、数え切れないほどの悩みや葛藤も経験してきた。輝かしい実績の裏側にある起伏を、誰よりもよく知っているのは相田さん自身なのである。


Chapter 03一度は、辞めてもいいと思った。

ランキング2位の日々、コロナ、そしてリセット。

プロ転向後も、なかなかトップには届かなかった。一時期はランキング2位に甘んじる時期が続いたが、ようやく初のチャンピオンを手にする。その瞬間、相田さんの中には達成感と同時に、ある感情も芽生えていた。

「1回チャンピオンを取ったときに、結構やり切った感があって。もう引退してもいいかもしれない、と思う時も全然あったんです」

相田さんはそう打ち明ける。

長年追い続けた目標に届いたからこその、燃え尽きにも似た感覚だった。

そのタイミングで訪れたのが、コロナ禍だった。2年ほど試合がない期間が続いたことで、彼女の気持ちは、ある意味すべてリセットされた。休息を経て、「もう一度やり続けよう」と思い直す。コロナ禍が明けた2022年、2024年、2025年には立て続けにチャンピオンに輝いた。

自分がフォーカスすると決めた年は、とことん練習する。
一方で、コロナ禍のように自分ではどうにもならない状況は受け入れる。競技との向き合い方には、彼女なりのメリハリと、揺るがない自分の軸がある。



Chapter 04店の裏は、海。

相田さんがボディーボードを続けてこられた理由。

自分の実家が海に面したショップだという環境も大きくて、他の選手とは少し立場が違うのかなと思うんです、と相田さんは言う。辞めようと思えば簡単に辞められる選手が多いなかで、彼女には家業がある。そう簡単に「今日で辞めます」とはいかない。けれど、その環境こそが、彼女を今の場所へと導いた。

今ここまで続けてこられたのは、後輩や下の子たちが育ってきてくれたおかげ。今は自分がやるというより、下の子たちを支えていて、その子たちを支えているからこそ自分もやる気が出る——そんな感じなんです、と彼女は語る。


Q. 今後は、教える側にシフトしていきたいと考えているんですか?

「競技をずっと続ける人もいると思います。でも、競技をやっていたからといって、お店のような『箱』がなければ、その子たちを育てる環境はなかなかありません。私にはお店という箱があって、そのすぐ裏には海がある。環境が整っているからこそ、しっかり下の世代を育てていくべきなんだろうなと思っています」

近年は、小中学生の保護者が、相田さんのバリでの海外遠征に子どもだけを預けてくれるようになった。それは、長年積み重ねてきた信頼の証であると同時に、競技だけでなく、そのカルチャーや価値観を次世代へ伝える存在として認められてきた証でもある。自身もその実感を重ねる中で、このカルチャーを継承していく責任を強く意識するようになった。

競技者として勝ち続けることだけではない。次の世代の競技者を育て、その未来をつくっていくこと。その役割こそが、自分にしか担えない使命だと、相田さんは考えている。


Chapter 05大人も、子どもも、同じ波で。

世代を超えて集まる、海という時間。

相田さんが掲げる目標は、子どもたちの育成だけにとどまらない。

「趣味でボディボードを楽しんでいる方や、一度業界から離れた方にも、もう一度ボディボードを好きになってほしい。そして、今いる子どもたちをかわいがってくれるような、そんなコミュニティをつくりたいんです」

ボディボードは、大人も子どもも同じ海で楽しめる数少ないスポーツだ。世代を問わず自然と交流が生まれ、技術だけでなく、海との向き合い方やカルチャーも受け継がれていく。その特性を生かし、子どもたちと大人が同じ時間を共有できる環境をつくること。それが相田さんの描く、ボディボード文化の未来である。



近年は、海をルーツとしないラグジュアリーブランドまでもがサーフカルチャーに注目し始めている。例えばLouis Vuittonも、サーフカルチャーを取り入れたコレクションを発表するなど、その価値は新たな広がりを見せている。

カルチャーへの関心が再び高まりつつある今だからこそ、ボディボードにももう一度光が当たるかもしれない。世代を超えて人が集い、海を楽しみ、その魅力を次へつないでいく。そんな未来を、相田さんは静かに、しかし確かな期待を持って見つめている。



Chapter 06バリの海で、見てしまったこと。なぜ、Ocean Bottleだったのか。

世代を超えて集まる、海という時間。

相田さんは毎年、春になると約1か月間バリへ遠征する。日本がまだ寒い時期に温暖な海で練習を積み、日本で始まるシーズンに備えるためだ。近年は後輩たちを連れ、合宿という形で訪れることも増えた。そんなバリで、相田さんが目にしてきた光景がある。

Q.今回、なぜOcean Bottleを使ってみたいと思ったのですか?

「海も、川も、本当にプラスチックごみがすごいんですよ。」

相田さんは、もともと環境活動に強い関心があったわけではないという。遠征では自分で飲み物を用意するため、水筒を持ち歩くことが当たり前だった。「海が気になるし、そのほうが便利だから」。そんな自然な感覚だった。

一方で、バリでは日本とは異なる現実を目の当たりにしてきた。

インドネシアでは、廃棄物処理のインフラが十分に整っていない地域も少なくない。バリ島では伝統的な景観を守るため、高層建築が制限されている地域もあり、大規模な焼却施設の整備が難しい事情もある。その結果、ごみは埋め立て地に集積され、豪雨や高波によってプラスチックごみが海へ流れ出してしまう現実がある。

そんな中でOcean Bottleと出会った。

ボトルを1本購入すると、海へ流出する前のプラスチックごみ1,000本分の回収を支援できる。その仕組みを知った瞬間、バリで何年も見続けてきた景色と一本の線でつながったという。


 世界の海で起きていること

日本では廃棄物処理の仕組みが整っているため、海洋プラスチック問題を日常の中で実感する機会は多くない。しかし、世界に目を向けると、廃棄物処理のインフラが十分ではない地域では、今も大量のプラスチックごみが海へ流出し続けている。

相田さんの言葉には、実際に海で活動し、その現場を見続けてきたからこその重みがあった。

この視点は、Ocean Bottleの原点とも重なる。創業者はモルディブで大量のプラスチックごみを目の当たりにしたことをきっかけにブランドを立ち上げた。現地で回収されたプラスチックを適正な価格で買い取り、リサイクル資源として活用することで、海洋ごみの削減と地域経済への還元を同時に実現する仕組みを築いている。

相田さんがバリで感じ続けてきた問題意識と、Ocean Bottleが世界の海辺で実践している活動。その二つは、同じ未来へ向かっている。

 


Chapter 07道具として、ちゃんと強い。

Gear Review|遠征で使ってみた、Ocean Bottleの実力。

環境への共感は、あくまで入り口だ。相田さんがOcean Bottleを評価する理由は、それだけではない。これまで他の水筒も使ってきた彼女が、道具としての完成度を率直に語ってくれた。

Q. 実際に使ってみて、いかがでしたか?

「普通に水筒として使いやすいんです」

まず挙げたのは、二段階で開く蓋の構造だった。中間まで開けると飲み口が大きく広がり、コンビニやスーパーで購入できるロックアイスがそのまま入る。他社製品では口径の大きいモデルでなければ氷が入らず、遠征先で苦労することも少なくなかったという。試合や移動が続く選手にとって、この小さな違いが大きな使いやすさにつながる。

さらに、飲み口がステンレスではないため、砂浜に置いても砂が付きにくい。蓋は細かく分解できるため、遠征先でも隅々まで洗いやすく、衛生的に保てる。

こうした細かな使い勝手の良さは、一緒に遠征する選手たちの目にも留まる。

「それ、どこの水筒?」

そんな会話が生まれることも少なくないという。

OceanBottleは、海をきれいにするためだけのボトルではない。毎日使いたくなる機能性と、長く付き合えるデザイン。その上で、一本を選ぶことが世界の海につながっている。

だからこそ、相田さんはこのボトルを選んだ。 


❘ 製品情報|Ocean Bottle Origanl 1L



Product Information|Ocean Bottle

ボトルを1本購入すると、海へ流出する前のプラスチックごみ1,000本分の回収を支援できる。しかし、それだけがOcean Bottleの価値ではない。

競技の現場で求められる機能性、毎日使いたくなるデザイン、そして海を守る仕組み。そのすべてを、一つのボトルに詰め込んだプロダクトである。

競技でも、育成でも、道具選びでも。

相田さんが大切にしているのは、いつも同じことだ。

「目の前の海を、次の世代へ手渡すこと。」

その想いに共感する人が一本のボトルを選ぶたびに、世界のどこかの海は、少しだけきれいになる。


  

Shop相田さんの原点。

相田さんが育ち、今も競技と育成の拠点とするのが、ご実家が営むサーフショップ「Shop DO」だ。千葉県一宮町東浪見、サンライズポイントの目の前。海まで徒歩1分という恵まれた立地に、倉庫のような広々とした店内を構え、サーフボード、ボディボード、ウェットスーツ、レディースウェアなどを幅広く取り揃える。温水シャワーや更衣室も完備し、スクールやレンタルにも対応。幅広い世代のお客さんも数多く通う、老若男女に開かれた店だ。子どもからシニアまで、海を愛する人たちが自然と集まるこの場所こそ、次世代を育てる相田さんの活動が生まれ、還っていく原点である。

店舗名

Shop DO(サーフショップ DO)

住所

〒299-4303 千葉県長生郡一宮町東浪見7427-2

TEL

0475-42-2823

FAX

0475-42-5542

Email

dointer@extra.ocn.ne.jp

営業時間

火〜金曜日 9:00-17:00(月曜定休 ※月曜祝日時は翌日休み)

アクセス

JR外房線 東浪見駅より徒歩25分 / 上総一ノ宮駅より徒歩50分(駅前にレンタサイクル・タクシーあり)

Web

https://www.dointernational.jp/

Instagram

https://www.instagram.com/shopdo_1173/


PROFILE

相田 桃(あいだ もも)

千葉県一宮町を拠点に活動するプロボディボーダー。実家はサンライズポイント前のサーフショップ「Shop DO」。小学6年生でボディボードを始め、16歳でプロ資格を取得しながらも、あえて23歳までアマチュアとして経験を積む。地元開催のアマチュア団体50周年記念大会での優勝を機にプロへ転向。プロ10年目を迎え、日本チャンピオンに4度輝く。現在は実家のショップと海に囲まれた環境を活かし、小中学生からシニア層まで、次世代の育成とコミュニティづくりに力を注ぐ。

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